B.ギルギット写本の中のAvadaana

 ギルギット写本の中身は、Hin%uber(1979)の報告によって<註1>、ようやく全体の輪郭がつかめるようになった。

 ギルギット写本には、1931年6月に出土したものと、1938年8月に出土したものとがある。後の、1938年8月に出土した写本は、長い間行方不明であったが、現在Srinagarの Sir Pratap Singh Museumに在る。それらは「Srinagar蒐集品」と呼ばれる。その内容は、Hin%uber(1979)の論文の付録IIから、大まかに知りうるだけである。一方、前の、1931年6月に出土した写本は、その大きな一部がDelhiの National Archives of Indiaに現在収められている。それらは「Delhi蒐集品」と呼ばれる。この「Delhi蒐集品」は、Nalinaksha Duttが出版の任にあたり、1939 年から1959年にかけて、4巻9部から成る校訂テキストとして発表された<註2>。また、それらのDelhi写本は写真版として、1959年から1974年にかけて10冊にわたって、Lokesh Chandraによって%Sata-Pi#taka Series の第10巻として公刊された<註3>。

 「Delhi蒐集品」以外の、1931年6月に出土した写本の他の大きな一部は、Lahoreの Captain Agah Mohammad Ali Shahの手に渡った。この「Shah蒐集品」の大部分はG. Tucciにより、パキスタン政府に買い戻 された。1931年6月に出土した写本は、以上の「Delhi蒐集品」と「Shah蒐集品」が大きな部分であるが 、その他にも、British Museum の「Stein 蒐集品」や、Ujjain の

Scindia Oriental Instituteの「Ujjain蒐集品」など、あちこちに写本が、インド国内・国外に散らばって存在している。

 ギルギット写本の主な蒐集の中で、アヴァダーナの作品が入っていることが現在確認されているのは、「Delhi蒐集品」だけである。Hin%uber(1979)の論文ならびにその追記(1980) (1981)によって報告された 「Delhi蒐集品」の写本の内訳を見ると、すでに数多くの根本有部系アヴァダーナが同定されている。「Delhi蒐集品」に含まれている作品は、62の写本番号 (No.) の許に整理されているが、その中から、アヴ ァダーナ作品であるものを、以下に抜き出してみよう(隣の数字は Lokesh Chandraの写真版の右端の頁番号を示す):

 No.8: Vi%svantaraavadaana   154-174(=1332-1349); 3314/15

 No.9: Avadaana集       1350-1379

内容: Nagaraavalambikaavadaana(1370, 1371), Me#n#dakaavadaana(1368, 1369), Svaagataavadaana(1366, 1367, 1378, 1379), Maandhaataavadaana(1374), Dharmarucyavadaana(1374.11f., 1375, 1350-1353, 1377, 1376, 1354-1358.8), Sahasodgataavadaana(1358.8-1361, 1372, 1373), Candraprabhaavadaana(1362, 1363), Padmaavatyavadaana(1364, 1365)。

 No.10: c) Sumaagadhaavadaana 1414-1425, 1285, 1284

 No.10: d) Sucandraavadaana  1426-1431

 No.13: a) Avadaana集 1432-1517

内容: Maandhaataavadaana(1432-1451), Dharmarucyavadaana(1452-1483), Jyoti#skaavadaana(1484/85), Sahasodgataavadaana(1486-1487.4), Candraprabhaavadaana(1487.4-1507), Paa#m%supradaanaavadaana(1508-1517)。

 No.13: d) Avadaana集 1543-1587

内容: Devataasuutra(1542.5-1545.3), Svalpadevataasuutra(1545.3-1545.8)。1546-1549は不明。Mahaasudar%sanaavadaana(1550-1567.8)。1568: Pu#nyamahe%saavadaanaの始まり。Adbhutadharmaparyaaya(1576.1-1581.4), Prasenajidgaathaa(1581.4-1585.1)。

 No.51: 雑多の断片集  3261-3301

   中にアヴァダーナの写本が混じっている:Sumaagadhaavadaana(3268, 3270-3275, 3277, 3278)。

 No.52: 雑多の断片集  3302-3325

中にアヴァダーナの写本が混じっている:Sumaagadhaavadaana(3303-3305, 3310), Vi%svantaraavadaana(3314/15)。

 No.60: 雑多の断片集  3352-3359

 中にアヴァダーナの写本が混じっている:Sumaagadhaavadaana(3358, 3359)。

 現在までになされた、ギルギット写本の大きな蒐集の中に含まれる、アヴァダーナ作品について研究 は、以上の「Delhi蒐集品」に属するものだけに限られている。他の蒐集に属するギルギット写本は、写 真版が出ていないため、アヴァダーナ作品が含まれているかどうかわからない。「Delhi蒐集品」ですら 、いまだ未解明の写本がかなり残されているのである。現在までの諸学者による「Delhi蒐集品」のアヴ ァダーナ作品の研究は次のようなものである。

 まず、No.8: Vi%svantaraavadaanaについての研究は、Kabita Das Gupta (1978) がベルリン自由大学に提出した博士論文がある<註4>。K. Das Guptaはこの論文で、%Sata-Pi#taka写真版157-174 (Part 2) と1332-1349 (Part 7) および3314-3315 (part 10) に基づいた梵文テキストとその英訳、ならびに並行ヴァージョンであるSa+nghabhedavastu中の一致部分のチベット訳テキストを挙げている。この論文の後にGnoli(1977-78)によって<註5>出版された梵本のSa+nghabhedavastuの第2巻 pp.119-133からも、Vi%svantaraavadaanaのほとんど同じ梵文テキストが得られる。

 また、このVi%svantaraavadaanaのギルギット写本は、松村恒(1980)の<註6>、オーストラリア国立大学に 提出した博士論文『ギルギット写本からの4つのアヴァダーナ』においても、他の3つのアヴァダーナ、すなわちMaandhaataavadaana, Mahaasudar%sanaavadaana, Candraprabhaavadaanaとともに、詳細に研究された。

 次に、No.9: Avadaana集 は8つのアヴァダーナが入っているが、Padmaavatyavadaana以外の7つの作 品は、Divyaavadaana[Divyaavadaana]と関係している。ただA. Mette(1985)によれば<註7>、CandraprabhaavadaanaはDivyaavadaanaと文面が相違する箇所があるという。それを除いた、残りの6つの作品は、大体Divyaavadaana に対応している。

   Nagaraavalambikaavadaana ‥‥ Divyaavadaana7章

   Me#n#dakaavadaana  ‥‥ Divyaavadaana10章

   Svaagataavadaana  ‥‥ Divyaavadaana13章

   Maandhaataavadaana ‥‥ Divyaavadaana17章

   Dharmarucyavadaana ‥‥ Divyaavadaana18章

   Sahasodgataavadaana ‥‥ Divyaavadaana21章

   Candraprabhaavadaana ‥‥ Divyaavadaana22章

 Padmaavatyavadaanaの断片は、A. Mette(1985)によって写本のトランスクリプションが発表され、内容 が検討された。

 次に、No.10: c) Sumaagadhaavadaanaと d) Sucandraavadaanaは、Hin%uberの追記(1981)によれば、U. Grothが修士論文として研究を提出したらしい。

 次に、No.13: a) Avadaana集 の中には、6つのアヴァダーナが入っているが、Lokesh Chandraの指摘 によれば、どれもDivyaavadaanaと関係する作品である。6つの作品は次の様にDivyaavadaanaの章と対応している 。   

   Maandhaataavadaana  ‥‥ Divyaavadaana17章

   Dharmarucyavadaana  ‥‥ Divyaavadaana18章

   Jyoti#skaavadaana  ‥‥ Divyaavadaana19章

   Sahasodgataavadaana  ‥‥ Divyaavadaana21章

   Candraprabhaavadaana  ‥‥ Divyaavadaana22章

   Paa#m%supradaanaavadaana  ‥‥ Divyaavadaana26章 

 これらの6つの作品のうちで、欠損のない完本はCandraprabhaavadaanaだけである。J.-U. Hartmann(1980)は<註8>このCandraprabhaavadaanaのギルギット写本を研究して、この作品が、Divyaavadaana22章とチベット訳 Candraprabhaavadaana(Toh 348, Ota 1017) および漢訳『佛説月光菩薩経』(大正166)と、系統的に同一であることを指摘した。そしてHartmannはこのギルギット本によって、Cowell・Neil本Divyaavadaanaテキストの、多くの困難な読みが修正できることを示した。A. Mette(1985)はCandraprabhaavadaanaの1362, 1363の写本のトランスクリプションを、論文の付録に載せた。またCandraprabhaavadaanaは、松村恒(1980)によって博士論文で扱われた作品の1つである。松村は近くその研究をMaandhaataavadaanaやVi%svantaraavadaanaの研究とともに改訂して公刊する予定であるという。  

 上の6つの作品が入っていた写本は、アヴァダーナの或る1つの作品集を形成していたことは確からしいものの、個々の作品の相互の順序は、写本の葉数番号が見えないために、明らかではない。Lokesh Chandraは写真版を出すにあたって、いちおうDivyaavadaanaテキストの順序に従って写本を並べたのである。しかし写本のMaandhaataavadaana(1432-1451)の最後の頁番号1451は、Mahaasudar%sanaavadaana(1550-1567)の最初の頁番号1550に直接連続していることが、松村恒(1988)によって<註9>確かめられている。従って、写本の本来の姿は1451から1550に続いているのであり、作品の順序はMaandhaataavadaanaからMahaasudar%sanaavadaanaに続いているわけである。 

 No.13: d) Avadaana集に収められたMahaasudar%sanaavadaanaのギルギット写本のテキストは、松村恒(1980)の博士論文の中の1章に扱われたが、その後松村恒(1988)はインドから、Mahaasudar%sanaavadaanaの研究だけを独立させて、出版した。松村は、左ページにギルギット本Mahaasudar%sanaavadaana、右 ページに中央アジア本Mahaasudar%sanasuutraのテキストを配置して、2つのヴァージョンの綿密な照合を可能にした。この中央アジア本Mahaasudar%sanasuutraは、Waldschmidt(1950-51)が校訂した<註10>Mahaaparinirvaa#nasuutraのテキスト中に、1挿話として含まれているものである。また、Mahaasudar%sanaavadaanaは、Divyaavadaanaの中に含まれていないが、根本有部律のK#sudrakavastuとBai#sajyavastuにおいて、同じテキストを見出すことができる。

 以上が「Delhi蒐集品」のAvadaana作品であるが、実質的にDivyaavadaanaと一致する説話を含んでいる膨大な根本有部律の写本については、ここでは取り上げなかった。しかしひとつだけ例外として、Divyaavadaanaと一致する根本有部律の断片の研究を紹介するならば、Sir Aurel Steinが入手してBritish Museumに送られ、Or.11878Aとして記録された11葉の根本有部律の写本は、S. L+evi(1932)によって<註11>その4葉半の部分のテキストと仏訳が発表されていたが、近年、その後11葉全部のテキストがV. N%ather(1975)によって<註12>校訂され独訳された。その写本の大半はDivyaavadaanaの第25章Sa#mgharak#sitaavadaanaと第24章Naagakumaaraavadaanaにあたる部分である。

註 

1) Oskar von Hin%uber(1979): Die Erforschung der Gilgit-Handschriften, Nachrichten der Akademie der Wissenschaften in G%ottingen, Philologisch-historische Klasse, Jahrgang 1979, Nr.12, S.327-359. [Nachtrag: Zeitschrift der Deutschen Morganl%andischen Gesellschaft, Bd.130, Heft 2(1980), S.*25*-*26*; Neue Ergebnisse: Zeitschrift der Deutschen Morganl%andischen Gesellschaft, Bd.131, Heft 2(1981), S.*9*-*11*.]

2) N. Dutt ed.: Gilgit Manuscripts, Vol.1-4, Calcutta, Srinagar, 1939-1959.

3) Raghu Vira& Lokesh Chandra ed.: Gilgit Buddhist Manuscripts (Facsimile Edition), 10 parts, <%Satapi#taka Series, X, 1-10>, New Delhi, 1959-1974.

4)Kabita Das Gupta(1978): Vi%svantaraavadaana, eine buddhistische Legende.Edition eines Textes auf Sanskrit und Tibetisch eingeleitet und %ubersetzt, Inauguraldissertation, Berlin.

5) R. Gnoli(1977-78): The Gilgit Manuscript of the Sa+nghabhedavastu.Being the 17th and Last Section of the Vinaya of the Muulasarvaastivaadin, <Serie Orientale Roma, XLIX, 1-2>, 2 vols., Roma.

6) Hisashi Matsumura(1980): Four Avadaanas from the Gilgit Manuscripts, dissertation (Australian National Univ.), Camberra.

7) Adelheid Mette(1985): Ein Gilgit-Fragment des Padmaavatii-avadaana, Zur Schulzugeh%origkeit von Werken der Hiinayaana-Literatur, Erster Teil.S.225-238.

8) Jens-Uwe Hartmann(1980): Notes on the Gilgit Manuscript of the Candraprabhaavadaana, Journal of Nepal Research Centre, Vol.4, pp.251-266.

9) Hisashi Matsumura(1988): The Mahaasudar%sanaavadaana and the Mahaasudar%sanasuutra, <Bibliotheca Indo-Buddhica, No.47>, New Delhi.

10) E. Waldschmidt(1950-51): Das Mahaaparinirvaa#nasuutra, T. I-III, Berlin.

11) Sylvain L+evi(1932): Notes sur des manuscrits sanskrits provenant de Bamiyan (Afghanistan) et de Gilgit (Cachemire), Journal Asiatique, 1932, pp.1-45.

12) V. N%ather(1975): Das Gilgit-Fragment or.11878A im britischen Museum zu London. Herausgegeben, mit dem Tibetischen verglichen und %ubersetzt, Inauguraldissertation, Marburg.

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