2.Karma%sataka 業報百集
Karma%satakaは、「シャタカ」(百集)という作品形式においてAvadaana%satakaと共通しており 、Avadaana%satakaの姉妹として成立した作品であると見なしうる。この作品はチベット訳が残され ており、初めてFeerによって研究がなされた。
Feer(1901)は<註1>Avadaana%satakaと比較を行い、Karma%satakaの特徴を明確にするとともに、全127話 の梗概を発表した。Feerによれば、Karma%satakaの構成はAvadaana%satakaと共通して10部から成る。 しかしAvadaana%satakaは10部×10話の構成で正確に100章あるのに対し、Karma%satakaは各部が 10話を超過していることが多く、そのため総計で127章ある。またKarma%satakaの各部に割り当てられた統一的なテーマはAvadaana%satakaのように明確ではない。
Avadaana%satakaとKarma%satakaを比較して、両者に共通しているのは15話ほどである。両者の対照 表はFeer(1901)により作られ、後にSpeyer(1909)によって<註2>訂正された。
Karma%s.: | 7 | 8/61 | 31 | 33 | 40 | 44 | 47 | 49 | 60 |
Av%s.: | 76 | 79 | 93 | 78 | 47 | 52 | 32 | 13 | 97 |
Karma%s.: | 71 | 91 | 94 | 96 | 99 | 104 |
Av%s.: | 50 | 74 | 1 | 3 | 7 | 8 |
さらにSpeyer(1909)は部分的に対応する2話を加えた。
Karma%s.: | 24 | 79 |
Av%s.: | 58 | 40 |
Feerは、Karma%satakaを全訳していたが、内容梗概を発表するのに用いた後は、印刷されずに篋底にしまわれた。Feerの死後、その全訳の原稿はBiblioth#eque Nationaleに、Collection L.Feer, No. 3 として収められた。
Karma%satakaの部分訳としては、Feer(1883)による<註3>第94章Puur#naから第104章Balaakar#sanaまでの第8部の計11章の仏訳と、Przyluski(1936)による<註4>第7章 Dhvaja、第8章 K#semankaraa、第61章 K#sema(? or K#semankara)の仏訳がある。
Tib.:Toh 340, Ota 1007, N(K) 325, C 979, L 346
Las brgya tham-pa. [作者名・訳者名を欠く]
註
1) L+eon Feer(1901): Le Karma-%sataka, Journal Asiatique, 1901, Janv.-F+ev.pp.53-100, Mars-Av.pp.257-315 et Mai-Juin pp.410-486.
2) J. S. Speyer(1909): Avadaana-%sataka, a century of edifying tales belonging to the Hiinayaana, Vol.II. p.XIX-XXI.
3) L. Feer(1883): Fragments extraits du Kandjour, <Annales du Mus+ee Guimet, 5>, Paris.pp.292-295.
4) J. Przyluski(1936): R+ecits populaires et contes bouddhiques (en collaboration avec M. Lalou), Journal Asiatique, Avril-Juin 1936, pp.177-191.
このほか研究としては次の論文がある:L. Feer: Kokaalika, Journal Asiatique, Mars-Av.1898, pp.185-209.; 阿部文雄(1935):西蔵伝「カルマシャタカ」に就いて、『駒沢学報』6巻1号、1935年。
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