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 4.Vajrasuucii  金剛の針

 カースト制度を批判した論書Vajrasuuciiは、梵本の冒頭の、文殊に祈りを捧げた偈において 、「 私ことアシュヴァゴーシャは、(文殊の)御心に従う『金剛の針』を作ります(a%svagho#so vajrasuucii#m suutrayaami yathaamatam)」とのべており、また写本のコロ フォンでも「siddhaacaarya-a%svagho#sa-paadaの作」と書かれ、馬鳴の作であることを明らかにする。しかし、法天 による漢訳『金剛針論』(A.D. 986-7 訳出)では、「法称菩薩造」つまり有名な論師 Dharmakiirtiの作とされており、作者の伝承がネパール写本と漢訳では一致しないことになる。馬鳴を作者と認めるか否かは、学者によって意見が分かれるところであるが、馬鳴を作者と認める場合には、後世に改訂があったことを認めつつも、原型を馬鳴の作とする。

 梵本Vajrasuuciiはネパール駐在公使のHodgsonにより、「1仏教徒のカーストについての反駁」と題されて、ネパールの1写本から初めて英訳され、1829年に発表された<註1>。

 つづいて、写本の1コピーを入手したインド・ボパールの英国政府職員L. Wilkinson(1839)は<註2>、石版刷りでVajrasuuciiの原典テキストを、先のHodgsonの英訳と一緒に合わせて、出版した。

 なおWilkinsonの出版には、S. Bapoo(1839)の<註3>カースト制度を擁護するバラモン側の立場からの、Vajrasuuciiに対する反駁の書 が一緒に付けられた。Bapooはバラモンで、Wilkinsonから研究の協力を頼まれたが、バラモン側からの答弁書も付けるという条件で協力を受け入れたらしい。

 A. Weber(1859)は<註4>パリ写本P(Filliozat 108)を用いてWilkinson本テキストをさらに校 訂し、独訳と研究を付けて発表した。WeberはVajrasuuciiと内容が極似した並行文献として、Vajrasuucikaa-Upa#ni#sadというウパニシャッドが存在することを指摘した。Vajrasuucikaa-Upa#ni#sadの成立はVajrasuuciiに先行するとWeberは考えたが、両者の位置については、学者の間で未だ決定するに至っていない。

 Speyer(1909)は<註5>Avadaana%satakaの原典出版の第2巻序文において、Kalpadrumaavadaana第10章 Subhuuty-avadaanaの校訂テキストを挙げたが、その中にVajrasuuciiから借用した多くの詩節があることを指摘した。なお岩本裕(1967)は<註6>、このKalpadrumaavadaanaの成立をほぼ西暦3世紀と考え、Vajrasuuciiを馬鳴の真作と主張する。

 Tucci(1922)は<註7>Vajrasuuciiが、Divyaavadaana中の、カースト批判の説話たる%Saarduulakar#naavadaanaに見られるTri%sankuと Pu#skarasaarinの対話の手本になったと考えた。バラ モン側の教えとそれに対する反駁は、Vajrasuuciiの第10詩節以下と、%Saarduulakar#naavadaana(Cowell・Neil刊本)623頁13行以下が、比較される。

 高楠順次郎(1923)は<註8>『ウパニシャット全書』第8巻にVajrasuucikaa-Upa#ni#sadを和訳したが、同時にVajrasuuciiの和訳も行い、「付篇」として載せた。

 S. Mukhopadhyaya(1949)は<註9>、Weber校訂本とWilkinson本の他に、6本の写本と漢訳を参照して、新たな校訂テキストと英訳を発表した。使われた6本の写本は、Asiatic Society of Bengal写本(A)、Bhandarkar O. R. Institute写本(B)、Adyar Library 写本(Ad)、Cambridge Univ. 写本(C)、2本のIndia Office写本(I-1, I-2)である。彼 はまた類似の並行句をバラモン教の諸文献から探しだしている。付録には、Vajrasuuci-Upa#ni#sad (= Vajrasuucikaa-Upa#ni#sad)のテキストが付けられた。

中村(1959)は<註10>インド倫理思想史においてVajrasuuciiとVajrasuuci-Upa#ni#sadを取り上げ、重要な部分を訳しながら内容を紹介した。次いで中村元(1966)は<註11>、中村元編『仏典I』の中に、Vajrasuuciiを和訳した。解説ではVajrasuuci-Upa#ni#sadを和訳している。

 春日井真也(1967)は<註12>Mukhopadhyaya版のローマナイズと和訳を発表した。

 原実(1983)は<註13>Vajrasuucii 3-4 のBhaarataの詩句として引用されている%slokaの伝承を探った<註14>。

 Ch.: 大正 1642.  金剛針論(1巻) 法称菩薩造    宋 法天 訳

Skt.MSS.:

SBLN p.268; Bendall 1421; Thomas 7717 [→Wilkinson], 7718; Filliozat 108 [→P], 109, 110; BauDV 287(91); Bir 278; BSP t#r721(3-44); Saa+nk#rtyaayana 166; Dogra 83

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